ジェド・ルーベンフェルド『殺人者は夢を見るか』上下(講談社文庫)

タイトルがディックみたいですけど原題はまーったく違います。邦題には小説との関連性、無いし…。原題は『Interpretation of Murder』です。「殺人の解釈」って訳せばいいのかな。


1909年、ニューヨークの高級アパートメントで体中傷だらけにされた若い女性の死体が発見され、次の日にも上流階級の若い女性ノーラが同じような手口で襲われた。ノーラは命は助かったものの当日の記憶を失い、口が利けなくなってしまう。アメリカで講演を行うためにニューヨークに滞在していた精神科医フロイト博士とフロイトを尊敬する若きアメリカ人精神科医ヤンガーは彼女の治療にあたることとなる。


最近、歴史的有名人を登場させるミステリが流行っているような気がする。たまたまそういうミステリを立て続けに読んでるせいかな。この作品も実際にあったことを上手くストーリーに絡めつつ、フィクションとして消化させています。ミステリとしてはオチに少々無理があるのですが、歴史ものとしては当時の風俗が細かく描きこまれ臨場感があってなかなかの読み応え。フロイトと弟子のユングの確執とか、当時の精神分析に対する評価とか、色々と面白いエピソードがちりばめられています。本筋のミステリの部分ではフロイトはアドバイザーとしての役割のみで主人公はヤンガーです。フロイトにもう少し活躍して欲しかったような気もしますがそこがこの作家の上手いところで、フロイトと精神的に近しいながらも離れた立場の人間を持ってくることにより物語を「客観視」する部分が生まれるんですよね。


ヤンガーと被害者ノーラのやりとりがまさしくフロイト精神分析手法と重なっていき、フロイト精神分析論を体感させていく感じなのですがそれが「現在、正しい手法としてある」という方向にいかないのが上手いです。精神分析の祖としての敬意を持ちつつ、その論法への懐疑も盛り込んでいるので読者側が感じるであろうフロイト精神分析理論への違和感を客観視できるような流れにしているのですよ。そのフロイトの説への懐疑という部分でのヤンガーの『ハムレット』におけるオイディプス・コンプレックスの解釈がまた面白いです。ミステリ好きだけに読ませるのはもったいないかも。

殺人者は夢を見るか(上) (講談社文庫)

殺人者は夢を見るか(上) (講談社文庫)

殺人者は夢を見るか(下) (講談社文庫)

殺人者は夢を見るか(下) (講談社文庫)