ジョー・ウォルトン『暗殺のハムレット (ファージングII)』(創元推理文庫)

ドイツと講和条約を締結して和平を得たイギリス。政府が強大な権限を得たことによって、国民生活は徐々に圧迫されつつあった。そんな折、ロンドン郊外の女優宅で爆発事件が発生する。この事件は、ひそかに進行する一大計画の一端であった。次第に事件に巻き込まれていく女優ヴァイオラと刑事カーマイケル。ふたりの切ない行路の行方は──。(東京創元社http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488279066)

ファージングシリーズの第二作目です。一作目『英雄たちの朝』は本格ミステリの体裁でしたが、今作品はサスペンスです。前作より面白かった!
今回の主人公であり語り手は名家出身の女優ヴァイオラと前作に引き続きカーマイケル警部。前作同様、二人の語り手が交互に物語を進めていきます。『英雄たちの朝』での事件後、マーク・ノーマンビーが首相になってからはユダヤ人への差別が顕著になりファシズムの嵐が吹き荒れているイギリス。男女逆転の芝居が流行り、ヴァイオラハムレット役をオファーされる。その舞台をノーマンビー首相と訪英してくるヒトラーが観劇するという。ハムレット役を引き受けたがために図らずもヴァイオラヒトラー暗殺計画に巻き込まれていくこととなる。片やカーマイケル警部はゲイであるがために権力に屈してはいるものの刑事としての責務を真っ当すべく奮闘していく。
ヒトラー暗殺に向かってヴァイオラとカーマイケル警部は対立していく立場ですがあまり交錯してはいきません。それぞれの立場でどう動いていくかが描き込まれていて読み応えがありました。特にヴァイオラのパートはかなり面白いです。そこに描かれる男女逆転での『ハムレット』の解釈を含んだ英国演劇界の内実はかなり興味深く読ませます。またヴァイオラの6人姉妹にはロシア(共産主義)寄りコミュニスがいるかと思えばヒトラーの側近ハインリヒ・ヒムラーの夫人がいて、また亡くなってる長女は前作で殺されたサーキーの妻オリヴィア・サーキー。複雑に絡み合った姉妹の愛憎の物語でもありました。ヴァイオラの心情がとても丁寧に描かれているので最終的に暗殺計画に加担していく過程に違和感がありません。
反対にカーマイケル警部のパートは警部の人となりが深くなればなるほど矛盾に満ち、彼が起こった事件を繋げ解決していく過程が非常に皮肉に満ちています。この二人のバランスが変革されたイギリスそのものを現していて面白いです。暗殺をめぐる政治的部分は少々甘いかなとは思えども、前作同様にラスト予想外の展開になっていきます。

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)