パトリシア・A・マキリップ『茨文字の魔法』(創元推理文庫F)

レイン十二邦を統べる王の宮殿。その下にある王立図書館で捨て子だったネペンテスは育った。ある日、魔法学校の学生から預かった一冊の本。そこには茨のような謎の文字が綴られていた。ネペンテスは憑かれたように茨文字の解読をはじめる。書かれていたのは、かつて世界を征服した王と魔術師の古い伝説。おりしも年若い女王の即位に揺れるレイン十二邦は、運命の渦に巻き込まれていく。(東京創元社http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3945)

このところ東京創元社さんが頑張ってくれているおかげで続けてマキリップが読めるのが嬉しい。これからも翻訳よろしくお願い致します。
さて『茨文字の魔法』ですが、おおマキリップだ〜という物語でした。混沌とした世界に精神性が強く結びついている魔法の世界。読んでいてワクワクしてきます。マキリップが描く世界は有り得ざる異世界なのにその世界に紛れ込んだような錯覚を覚えさせてくれる。空気を感じ、土の匂いを嗅ぎ、衣の手触りの感触を楽しむことができるかのよう。独特の色合いを放つこの世界観を私はとにかく好き、としか言えないのですが読んでいる最中はすっかりその物語に没入することになります。マキリップが描く魔法の在り方の基本が「描くこと」であることを考えると彼女の物語自体が魔法のようだと言えるのかもしれません。
相変わらず頑固者たちが集う不可思議な世界。個々のキャラクターたちが個性的でいずれも強さと弱さを持ち合わせ人間味溢れていて魅力的。欠点すらも愛すべきものになる。このところのマキリップ作品を読んでいると初期の作品に比べ、もっと原始的なレベルでの魔法を描こうとしているのかなという感じがします。世界の「混沌」が個におよびそして世界へと還元されていく、そんな雰囲気。複線の使い方は相変わらず見事。初期の頃の硬質な繊細さがこの作品には少しばかり反映されていて、その繊細な不安定な揺らぎがまた好ましかったり。そういう意味では私は主人公のネペンテスより新しいレインの女王、テッサラが好きだったりします。
後半、一気呵成に物語が収斂していくのですが、個々のエピソードが描ききれないままいくのでちょっと書き込み不足というか物語が薄くなってしまうのが残念。本来なら『イルスの竪琴』くらいのボリュームがあってもいいくらいの内容じゃないのかな。それがもったいなかったです。

茨文字の魔法 (創元推理文庫)

茨文字の魔法 (創元推理文庫)