スカーレット・トマス『Y氏の終わり』(早川書房)

偶然はいった古書店で、大学院生アリエルがめぐりあったのは、ずっと探していた『Y氏の終わり』という一冊の本。それは、主人公のY氏が人の心のなかでくりひろげる冒険を描いた、呪われているとされる伝説の物語だった。読み進むうちに、小説のなかの出来事は、過去に実際に起こったことなのではないかとアリエルは感じはじめる。(早川書房http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/119641.html)

呪われた本と噂される『Y氏の終わり』。その幻を言われてた本を偶然、古書店で見つけたアリエルのこの本を巡る冒険譚。基本はSFでしょうが、ミステリでもありファンタジィーでもあり。哲学あり神学あり物理学ありと様々な要素をぶち込んだジャンルミックスな小説。主人公アリエルが研究している「思考実験」をモチーフにした思考実験小説と言ったほうがしっくりくるかな。


ホメオパシーシュレーディンガーの猫、量子物理学等々、文系の人間が科学に憧れ、勉強して小説的に薀蓄を語ったらこうなりました的な構造が面白い小説です。私は科学方面の知識が無いのですが、わりとわかりやすく書いているので知識を得る取っ掛かりの入門編として楽しかったです。また様々なものをこれでもかと詰め込んでいても小説としてのバランスが良くその手腕は大したものだなと思いました。多重構造の世界観とか言語の役割とか、概念を巡る物語の部分とか、難しそうなことを書きつつもすんなりと読ませていく。語り口が上手いなあと。特に前半から中盤にかけての『Y氏の終わり』小説を紐解いていくあたりは物語の方向性もみえなくてミステリとしても面白かったです。


ただ、後半真相に入り込んでいくあたりからちょっと物語のイメージが平凡になっていくのが残念といえば残念。いきなりB級SF映画みたくなる。それも楽しめることは楽しめるんだけど大ほらの吹き方がどこか小さい。世界を描くという大きさになってない感じ。うまく書けば壮大な物語になった思うのだけど。どことなく胡散臭さの方向へいってしまい、突き抜け感がないというか。それとキャラクターの描き方は好みが分かれそうです。一見それぞれ個性的でクセのあるキャラクターのように描かれてはいるのですがそれがどことなく表面で終わっていてそれほど印象に残りません。もう少しキャラクターにふくらみがあればなあ。「セカイ系」の住人になってしまっている感が。だから後半、どうもスケール感が出てないのかも。ただ、瑕はあるものの面白い小説であることは間違いないです。

Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)

Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)