大江健三郎『治療塔』(講談社文庫)

「選ばれた者」たちが「新しい地球」に移住した。「残留者」たちは、資源が浪費され、汚染された地球で生き延びてゆく。出発から10年後、宇宙船団は帰還し、過酷な経験をしたはずの彼らは一様に若かった。その鍵を握る「治療塔」の存在と意味が、イェーツの詩を介して伝えられる。著者初の近未来SF小説を復刊。(講談社http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2759810)

大江健三郎がSF〜?」と思わず手に取った一冊。大江健三郎の作品は好きで結構読んでいるんですがこの本の存在は知りませんでした。1990年に刊行されたものの復刊とのこと。


設定が一応SF。でもSFとしてはその枠組みが相当無邪気な発想だな、とSFシロウトな私でもわかるくらいのSF。でもって、1990年刊行と知ってビックリしたくらいとっても若書きな感じを受ける。なんというか、推敲しないで勢いで書いちゃったでしょ、大江健三郎さん!という感じ。他の作品とちょっとイメージが違う。SFって設定に少年心が沸いて来たの?って雰囲気でしょうか。でもやっぱり、大江健三郎でしかない物語。大江健三郎というのは一つのモチーフ、主題を変えず、その変奏を紡ぐ作家。そしてそういう作家のなかでも相当頑固な作家かと思うんだけど、それはこの作品にも貫かれています。SFでも私小説の変容かよ、という部分に面白さがありました。なんだろう日常というミクロな視点でマクロなことを描いてしまう、そのズレが不思議な感じ。(おおっ、ピナ・バウシュに通じるものがあるぞ。これを読んだタイミングになにか意志を感じるぞ(笑)不安な時代を描く、という部分でも共通点がある。感覚的に似てる部分があるのではないか。年齢が近いから? )


SF好きな人が読んだら怒るか面白がるか、のどちらかになりそうな作品です。私は好きですね。大江さんの個人的な哀しみに全面的には共感はしないのだけどそれでも彼の作品に「生命力」を感じてしまうのです。怒りと受容を抱えた主人公のリッチャンの描き方に優しさがある、それだけでこの作品を私は受け入れる。


ちなみに大江健三郎を読んだことが無い人にこの作品はオススメできない…。他の作品(特に初期)を読んでからにしてください。

治療塔 (講談社文庫)

治療塔 (講談社文庫)