グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』(ハヤカワ文庫)

イギリス情報部の極秘事項がソ連に漏洩した。スキャンダルを恐れた上層部は、秘密裏に二重スパイの特定を進める。古株の部員カッスルはかろうじて嫌疑を免れた。だが、彼が仲良くしていた同僚のデイヴィスは派手な生活に目を付けられ、疑惑の中心に。上層部はデイヴィスを漏洩の事実ともども闇に葬り去ろうと暗躍するが……。(早川書房:)http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/310038.html

友人からの借り本。
スパイ小説ですがいわゆるアクションものではありません。淡々と諜報部員たちの生活が描かれていく。そのなかで主人公カッスルの二重スパイ生活の根本が何で成り立っているのか、「裏切る」という行為は何に対して言えばいいのかを突き詰めて描いていきます。人としての義を貫くことで二重スパイになったカッスルを悪として断罪できるものではありません。しかし個を貫けばひずみがおこる。国というものを守るパワーゲームのなかでそのひずみに陥った家族の悲劇。守るべきものは何か。重いテーマを扱っていますが、諜報部の上司たちが妙に滑稽に描かれていて全体の描写もほんのり皮肉まじりのユーモアが漂う。それだけにラストが切ない。1970年代という時代性が物語には密接に絡んでいますが、その古さがまたどことなく滑稽味を与えている気もしますが、そこもまた面白いです。

ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)

ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)