ジョン・バンヴィル『バーチウッド』(ハヤカワepi ブック・プラネット)

優雅な屋敷だったバーチウッドは、諍いを愛すゴドキン一族のせいで、狂気の館に様変わりした。一族の生き残りガブリエルは、今や荒廃した屋敷で一人、記憶の断片の中を彷徨う。冷酷な父、正気でない母、爆発した祖母との生活。そして、サーカス団と共に各地を巡り、生き別れた双子の妹を探した自らの旅路のことを。やがて彼の追想は一族の秘密に辿りつくが……。(早川書房http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/125405.html

図書館からの借り本。『海に帰る日』が淡い静謐さのある物語だとすると、これは色彩豊かでどこか騒々しい物語。ジョン・バンヴィルは別名義ベンジャミン・ブラック含めて物語るという部分の構造(語り部の主観中心で過去の記憶を断片的に振り返る)はほぼ同じ、あと文章の一節一節がかなり濃密でそこに囚われると全体像を見失いそうになる、という酩酊感のある文体も特徴かな、そこに作家の特徴を見出せるけど、作品の雰囲気はそれぞれ本当に違います。しかし翻訳してあるのでさえこうなんですがら原文は難しそうですねえ。

『バーチウッド』はバーチウッドに住む一族の崩壊をアイルランドの歴史に重ね合わせた小説。残念ながら私はアイルランドの歴史はおおざっぱなところしか知らず、重ね合わせの面白さを読み取ることが出来なかった…悔しい。勉強せいということですな…。しかし、その重ね合わせの面白さとは別なところでも十分面白かったです。すべておいてどこか歪みのある圧迫感のある物語でした。本筋はシンプルでベタなストーリーラインだと思うんですが、その一本のラインを様々なもので飾ってから捻ってぐちゃぐちゃにして放り投げて結んでみた、って感覚でしょうか(笑)。ベタな部分の仕掛けはミステリ好きだとたぶんすぐに判る。でも読みどころは、そこじゃない。風景描写と出来事が同一に語られることで営みが歴史に埋もれる様を描いているんじゃないかと思わせるように出来事の悲惨さがサラリと触れられていく。その得たいの知れなさに神経がざわつきます。

記憶の断片を語り部の主観で描かかれていく物語はラストで本当の意味を持ち、再読すると別な物語がみえてくる。ある意味トリッキーな小説でもあります。作者が若いときに書いたというだけあって全体的に荒っぽさがありますがその荒さが主人公の拙さに重なっているような部分もあり面白かったです。アイルランドに興味がない方でもサーカス・放浪、といったキーワードに反応する方はぜひ読んでみてくださいまし。

バーチウッド (ハヤカワepi ブック・プラネット)

バーチウッド (ハヤカワepi ブック・プラネット)