古川日出男『アラビアの夜の種族』全三巻(角川文庫)

聖遷暦1213年。偽りの平穏に満ちたエジプト。迫り来るナポレオン艦隊、侵掠の凶兆に、迎え撃つ支配階級奴隷アイユーブの秘策はただひとつ、極上の献上品。それは読む者を破滅に導き、歴史を覆す書物、『災厄の書』――。アイユーブの術計は周到に準備される。権力者を眩惑し滅ぼす奔放な空想。物語は夜、密かにカイロの片隅で譚り書き綴られる。(角川書房:http://www.kadokawa.co.jp/)

2002年、日本SF大賞日本推理作家協会賞受賞作です。当時話題になっていたので気になってはいたのですが手を出しそびれようやく手に取りました。大枠としてファンタジィーです。なぜ推理作家協会賞なのか?と思いましたらミステリの枠組みが使われていました。とはいえいわゆる「ミステリ」ではありません。

物語は三重構造。まずは『The Arabian Nightbreeds』という本の翻訳という体裁。これは実際にある本ではなく作者の作り事。「物語ることの意味」とは何か?の問いかけとしての大枠。そしてナポレオンに侵攻されつつあるエジプトでカイロの知事イスマーイール・ベイに使えるアイユーブがナポレオンを迎え撃つために秘策を労している聖遷暦1213年の物語があり、そしてそのなかの入れ子の物語としてアイユーブの秘策として用いられる『災厄いの書』の中身が語られる。

その三重構造はただ入れ子になっているだけでなくそれぞれにLinkしていく。実は読んだものを破滅させるという『災厄いの書』は実在せず、アイユーブが密かに夜の種族ズームルッドに語らせ本に写し取ることで『災厄いの書』を実在させようとしているのである。その仕掛けの結果が「ミステリ」として評価されたのかな?と思いますが私としてはイスマーイール・ベイったら迂闊すぎですよという感じでしたが(笑)

ズームルッドが語る物語は「砂の年代記」。『「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」、或いは「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」、「呪われたゾハルの地下宝物殿」』という長い長いタイトルの物語は『アラビアンナイト』的な魔法がちりばめられた絢爛豪華な幻想の物語。設定がいかにもな感じですが主人公たるアーダム、ファラー、サフィアーンのある意味純粋な愛を求める物語は色鮮やかなビジュアル的な面白さもあり楽しいです。ただせっかくの美文超の語り口が会話文体のとこだけ妙に砕けるのが難点。ここで現実に戻されちゃって物語に耽溺できません。わざと砕けさせたんでしょうけど、どういう効果を狙ったのやらよくわからなかったです。個人的にこの物語でのお気に入りは酷い目にあってもある意味能天気なサフィアーン。彼の身に備わった純真さに皆が救われるというところが良いです(笑)

物語は綺麗に収斂され、そしてまた新たな物語が生まれるというラストもいい感じですね。作者のあとがきは個人的に要りませんでした。

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)