カズオ・イシグロ『浮世の画家』(ハヤカワepi文庫)

カズオ・イシグロという作家は「語り手の主観」から物語と紡ぐ作家で、語り手のあてにならない記憶と語りの周囲の状況と反応から読み手はその世界を読み取っていくことになるのですが、そこに「真実」はあるのかというとまた別な問題。その「曖昧模糊」な世界観が妙にクセになります。カズオ・イシグロの作品は一冊だけ読むよりいくつか読んでいったほうが彼の物語をより楽しめる作家なのではないかしら。作家のパターンは時に飽きることがあるけど、カズオ・イシグロに関してはパターンを知ってこそ、より楽しめる。


浮世の画家』は初期の作品なので「信頼ならない語り手」の状況はストレートで分り易いです。時代の価値観に翻弄される画家、オノの姿は滑稽で切ない。オノには自分の揺らぎがどこにあるのか自覚があるので読後感は良いです。実際問題、オノに救いはないのですけどね。でも自身で救われてるって思いこめてるからいいのだ。思い込みも必要よ。やっぱカズオ・イシグロって意地悪だ〜(笑)


それにしてもカズオ・イシグロの「本物」ではない「偽物」の世界への拘りってなんなんだろう。日本人として生まれながら3歳から英国で育ちそのまま英国人となったという環境は大きいのかしら?そこにアイデンティティーへのゆらぎが生まれるのでしょうか。


それにしてもハヤカワepi文庫の表紙、間違っているとしか…。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)