松井今朝子『仲蔵狂乱』(講談社文庫)

版切れとなっていた文庫だったが作者が直木賞を取ったおかげで復刊。読んでみたいと思っていたのでさっそく手に取った。歌舞伎という世界に少しでも興味があったら、これはぜひ読んでみて、とおすすめしたくなる本でした。江戸時代の歌舞伎という世界の裏側をしっかりと描ききっていると思う。奇麗事じゃ済まされない芸道の道。小説としては少し説明しすぎていて物語のうねりが欠けるきらいはあるものの場面、場面は印象的。


江戸時代、端役から名題になり座頭までに登りつめた実在の歌舞伎役者、中村仲蔵の生涯を描いた作品。孤児となり長唄と舞踊の師匠をしている夫婦に貰われ、芸の道を生きることになった紆余曲折の人生。いじめに遭い死のうと思いつめることさえあった仲蔵の波乱に満ちた生き様を真っ直ぐに捉え共感をもって描いている。仲蔵というキャラクターを愚直なまでにまっすぐな人物として描く。壁にぶつかり悩みながらも努力の末に人気役者への道筋をつけていく、その生き様に読んでいるこちらが知らず知らず寄り添っていってしまう。また仲蔵以外にも登場人物たちは実在の人物ではあるものの、自由に肉付けしているようでそれぞれキャラが立ち魅力的である。敵役も非常に血肉が通っていて彼らにもまたそれぞれ芸道に生きてきたドラマを感じさせる。


歌舞伎の世界をある程度知っているだけに、今も継がれていっている「名前」が出てくることに、ちょっとドキドキ。脈々と生き続けている名前たち。役者が死んでも名前は残るのだ。その不思議さに思いを馳せる。そして、今の役者だったら、誰が誰を演じられるだろうか?なんてことも考えた。私は幸四郎さん、染五郎さん主演の舞台『夢の仲蔵・千本桜』を観ているので、つい高麗屋中心の配役になってしまうのだけど(笑)高麗屋の名前もがんがん出てくるしね。

仲蔵狂乱 (講談社文庫)

仲蔵狂乱 (講談社文庫)