カズオイシグロ『わたしたちが孤児だったころ』(ハヤカワepi文庫)

「上海に暮らしていた十歳の時に両親が失踪し孤児となったクリストファー・バンクス。彼はイギリスの叔母に引き取られ、大学を卒業後、ロンドンで探偵を志し、いつしか探偵として名を馳せるようになる。そして両親の失踪の謎を解くべく上海に渡るのだが…」


というあらすじ。カズオイシグロは純文学の作家ですからエンターテイメントな探偵小説は最初から期待していたわけじゃないですが…。でも探偵小説好きにはちょっと引っかかる「探偵」の使い方でした。カズオイシグロに探偵小説への愛はあるのか?うーん、微妙? 「謎」があれば読み手を物語に引き込むことが容易だということで純文学の書き手もミステリの枠組みを使うことが多いです。そしてそれがミステリの枠組みから思いっきり外れていても作家の個性として受け入れられたんですが、今回はその部分でなんとなくモヤモヤが残りました。なぜこの「探偵小説」の枠組みを使う必要があったのかというところが消化不良。


ただし、そこを取っ払った部分で言えば面白かったです。どちらかというと、ちょっとユニークな小説だと思う。主人公が「探偵」という職業であるために「確かな現実」を期待したのがそもそも間違いだったというのが後半で知れる。この語り部は信頼できない。


夢か現か、現実と虚構を行ったり来たり。クリストファーの「記憶」がどこまで正しくてどこまでが虚構なのか。彼の小さい頃の記憶は変容させられ、そして彼自身がその虚構のなかで生きていっている。謎を追うことがクリストファーにとって失われた時を取り戻す術のはずであった。だが、どうだろう、彼は何を求めていたのか?真相の「あまりのベタ」さ加減に唖然とする。彼は本当に真相を聞いたのだろうか?両親の謎を追う、それは彼の虚構を固めるものであって「現実」を固めるものではなかったのかもしれない。前半の上海の租界の思い出話のリアルさに比べ謎を追う上海での物語はあまりにも「非現実的」である。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)