産経新聞:【美の扉】市川亀治郎「於染久松色読販」と市川染五郎「女殺油地獄」

産経新聞ル テアトル銀座『二月花形歌舞伎』の記事です。染ちゃん、亀ちゃん、昼夜とも頑張っています。

■「於染久松色読販」一人七役 早替わりの妙/「女殺油地獄」現代に通じる人間の暗部


 マジックのような一人七役の鮮やかな早替わりか、油まみれの凄惨(せいさん)な殺し場か−。東京のル・テアトル銀座で上演中の「二月花形歌舞伎」は、市川亀治郎(35)が神出鬼没の七役に初挑戦する「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)(お染の七役)」と、市川染五郎(38)が10年前、無軌道な殺人犯になりきり評判を取った「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」の対照的な2作を上演中。大作に体当たりする若手俳優の、成長過程を共有するのも舞台の楽しみだ。(飯塚友子)

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 滑って、転んで、またつかみかかって…と逃げまどう油屋の女房、お吉(きち)(亀治郎)を、河内屋与兵衛(かわちやよへえ)(染五郎)は追いかけまわし斬殺する。歌舞伎には珍しい、写実的でスリリングな場面は正に「油地獄」。

 「サスペンスドラマのようにしたい。近松門左衛門(1653〜1724年)がなぜこんな作品を書いたかお見せしたい」

 染五郎が自己本位な与兵衛を演じるのは10年ぶり3回目。与兵衛は放蕩(ほうとう)の限りを尽くし、世話になった人妻、お吉に無心するも断られ、衝動的殺人に及ぶ。

 「自分の中の魔王がやった、とせりふにありますが、それが僕の解釈」。最近の事件にも共通する人間の異常さが、ここにはある。染五郎は今回、斉藤雅文に加筆を依頼。「殺人後」の与兵衛の心境まで通して演じ、一線を超えてしまう人間の暗部にこだわった。
一方、「お染」について亀治郎は、「早替わりの趣向を楽しむ芝居」と話す。亀治郎は3時間近く出ずっぱりで、丁稚(でっち)から中年の毒婦まで、七役を目まぐるしく演じ分ける。観客は「替わる」と分かっていながら、“影武者”やすれ違いざまの傘をうまく使った早替わりに、やはり驚く。

 「七役の違いを出すのが難しい」と本音も漏れるが、今回は鶴屋南北(1755〜1829年)の原作を伯父、市川猿之助が改訂した澤瀉屋(おもだかや)(猿之助の屋号)版。物語が整理され、スピーディーな展開が特徴だ。「1人で演じている、とアピールするのも必要。やるほどに観客を楽しませる伯父のすごさを感じる」と、猿之助演出での18年ぶり上演に、全力投球している。

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 ■人気衰えぬ近松と南北

 「女殺油地獄」は、近松門左衛門が実際の事件を題材に書いた浄瑠璃狂言。1721年初演。大坂の河内屋与兵衛が借金に迫られ、隣家の油屋の妻を殺害し金を奪う話。自己本位な青年を書いた近松晩年の傑作だが、江戸時代は再演されず明治期、坪内逍遥(つぼうち・しょうよう)(1859〜1935年)が近代的人間像を描いたと評価すると、人気演目になった。

 「於染久松色読販」は鶴屋南北が大坂の油屋の娘お染と丁稚(でっち)、久松の心中事件に取材した作品。1813年初演。御家騒動の物語も絡ませる「綯(な)い交(ま)ぜ」の手法と、役者の早替わりで大当たりした。

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