ピーター・ロビンスン『余波』上下(講談社文庫)

金髪の美少女が5人、相次いで失踪した。誰にも姿を見られることなく犠牲者を連れ去る犯人は〈カメレオン〉と呼ばれ、州をまたぐ合同捜査本部が立ち上げられる。そんな折、家庭内暴力発生の通報を受けて警察官が急行した家の地下室で、全裸の少女がベッドの上で縛られた状態で死んでいるのが発見された。(講談社http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2758997

アラン・バンクス警部シリーズ12作目の作品(翻訳されているのはそのうち9作品)です。北イングランドでの田舎町での事件を扱うミステリで最初の頃は陰惨な事件を扱いながらも田舎町の情景描写にどこか牧歌的で叙情的な空気があったのですが、ここ最近の作品は悲惨さのほうが強く出ている気がします。ピーター・ロビンスンは被害者やその家族の心情をとても丁寧に描写していきます。決して「ただの被害者」には終わらせない。人の想いを拾って、一個の人間として描き出していきます。そのなかで人の営みを描いていくことが多いです。そこに救いがあったり、切ないままで終わったり。そして今回の『余波』ですが、今回はとことん救いがないです。今回の物語では少女連続殺人事件とドメスティク・バイオレンス(家庭内暴力)が描かれていきます。
少女たちを連れ去った犯人はすぐに捕まりますが、そこで終わりません。何人もの犠牲者のなかに、連続連れ去りと思われていた一人の少女の遺体がみつからず。またDVを受けていた本人も被害者であった犯人の妻は、夫の所業を知っていたのかどうかが問われ、またその妻の過去にはある事件が絡んでいた。連続殺人とDVの主軸の物語のほかに、犯人を捕まえるために過剰の暴力を振るったとして告訴されてしまう女性警官も描かれていきます。いつでも弱いものに暴力は振るわれる。そして、その暴力の「余波」が起こす暴力。何が正義か、それが曖昧な時代のやるせない物語でした。
また、イギリスでは警棒しかもたない警官が、仲間の警官を目の前で殺され、犯人に反撃し傷つけたということで罪に問われるということにも「人権問題」の根の深さを感じました…。アメリカだったらその警官はヒーローに祭り上げられるでしょうし、お国柄で善悪が逆転してしまう怖さも。アメリカのミステリとイギリスのミステリの違いも細かい部分で感じた読書でもありました。

余波 上 (講談社文庫)

余波 上 (講談社文庫)

余波 下 (講談社文庫)

余波 下 (講談社文庫)