ジョン・ハート『川は静かに流れ』(ハヤカワHM文庫)

「僕という人間を形作った出来事はすべてその川の近くで起こった。川が見える場所で母を失い、川のほとりで恋に落ちた。父に家から追い出された日の、川のにおいすら覚えている」殺人の濡れ衣を着せられ故郷を追われたアダム。苦境に陥った親友のために数年ぶりに川辺の町に戻ったが、待ち受けていたのは自分を勘当した父、不機嫌な昔の恋人、そして新たなる殺人事件だった。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。(早川書房http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/433102.html)

2008年度のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞(MWA賞)受賞作品です。ジョン・ハートは前作『キングの死』を読んでいます。『キングの死』は題材はなかなか良かったのですが主人公のキャラクター造詣がどうにも好きになれず、私の好みじゃないわ、という感じでした。なのでこの本が平積みになっていても触手が動かず。しかし、エドガー賞(MWA賞の別称)受賞、というのがどうにも気になる。エドガー賞受賞作品は私好みのものが多いのです。本屋に行くたびに、悩んで結局は手に取りました。手に取って良かったです。面白かった。作家を1作だけで判断しないほうがいいですね。今回も登場人物たちに感情移入はできなかったのですが人の愛情を求めるがゆえの弱さ、それゆえの家族の歪みが描かれていて読み応えありました。ミステリとしての骨格は弱いですが、描きたいものを書くのにミステリの形式を借りたというところのようです。

「わたしが書くものはスリラーもしくはミステリの範疇に入るのだろうが、同時に家族をめぐる物語でもある」(by ジョン・ハート)

まさしく家族をめぐる物語でした。しかも崩壊する家族を。再生への道も示されますが、それすらも不安定。
物語はいわゆる帰郷もの。こういうジャンルは無いですが主人公が何かをキッカケにして生まれ故郷へ帰ることで動いていく物語は数多い。そして面白いものが多いように思います。『川は静かに流れ』は殺人の濡れ衣を着せられ故郷を追われた主人公アダムが友人からの電話をキッカケにして戻るところから始まります。タイトルの川はアダムの思い出にはかならず川が纏わってくるところから、でしょうか。幼い思い出、苦い思い出を挟みつつ、現在の人間模様を描いていきます。家族との関係はどこか捩れ、そしてまた殺人事件が起こる。とても苦い物語でした。アメリカでも血の繋がりが重要視されているのですね。それも苦かったです。真実のやるせなさが印象的でした。

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)