マイケル・フレイン『墜落のある風景』(創元推理文庫)

美術界への転身をめざすマーティンは、著述に専念すべく訪れた田舎で、近隣の地主から絵の鑑定を頼まれる。ジョルダーノ、ワウウェルマン――幾枚かが開帳されたあと、持ちだされたのは煤にまみれた板絵だったが、一瞥した彼の脳裏に、これまで見たことのないその絵の正体が閃く。これは巨匠ブリューゲルの未発見の真作ではないのか……?(創元社http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=1314)

大枠で言えばブリューゲルに纏わる美術ミステリと言っていいかな。主人公マーティンは鑑定した古い絵がブリューゲルの絵に違いないと断定し、それをなんとかして自分のものにしようと画策。そしてその絵はブリューゲル「月歴画」の失われた1枚に違いないと絵の由来、ひいては画家ブリューゲルがどういう人物だったかを調べ推理していく。

主人公マーティンの詐欺行為がどう転がっていくのか、という部分でストーリーは転がっていきます。しかしながら、マーティンは根本的なところでどうしようもない男なので話は綺麗にいきません。ドジにドジを踏み、まさしく本のタイトルのように「墜落」していくのです。このタイトルはブリューゲルの代表作のひとつ『イカロスの墜落のある風景』から取っていると思うのですがマーティンがこのイカロスなんですよね(笑)。この皮肉がおかしいです。イカロスの神話は「高慢や無謀な行為への警鐘」の物語として知られています。とりあえず、マーティンのバカさ加減には同情できません、というか感情移入は無理っ。

この小説はもうひとつ柱があります。ブリューゲルの絵に興味のある人には歴史&美術ミステリとして楽しめます。ブリューゲルが活躍した時代背景がしっかり描きこまれ、「月歴画」を中心に彼の絵の解釈も大胆に仮説を立てていきます。作家のマイケル・フレイン、かなり調べて書き込んだのではないでしょうか。ブリューゲル論としてもなかなか楽しい。とりあえずブリューゲルの絵をある程度知っていたほうがこの本は面白く読めると思います。本にはいくつかブリューゲルの絵が載ってはいるのですが白黒ですし、画集かなにかで見たほうがいいと思います。私は現存する「月歴画」5枚のうち4枚(ウィーン美術史美術館とメトロポリタン美術館)を観ています。ブリューゲルの絵は個人的には好きな画風ではないのですがインパクトがあって忘れられないですね。

墜落のある風景 (創元推理文庫)

墜落のある風景 (創元推理文庫)