池波正太郎『又五郎の春秋』(中公文庫)

まずは「歌舞伎」に興味を少しでも持っている人はこれは読むべき、と言っておこう。昭和52年刊行の本だが、「歌舞伎」を考えるうえでまったく古びていないどころか、ますます必要となっていく本だと思う。


作家、池波正太郎が大正三年生まれ、現在、歌舞伎役者現役最長老で人間国宝でもある二世中村又五郎のことを描いた本です。池波氏がいかに又五郎さんに惚れこんでいたかがよくわかる。しかし、べったり役者にくっついた文章ではない。その距離感が非常に良いです。熱がこもっている文章なんだけど鋭い。役者の生き様を通して、池波自身の「歌舞伎」というものへの想いが伝わってきます。また又五郎という役者の生き様がまた凄いんですよ。彼の言葉をいくつも拾い出しているのですが口調は淡々としてるのに中身がものすごく熱い。なんというか「役者」ってものの真髄がここにある、とそう感じました。役者として好々爺のイメージしかなかったんですけど、とんでもなかったです。彼もまた昭和の歌舞伎の歴史そのものなんですよね。


それにしてもこの二人が出会ってくれて本当に良かったと思います。池波正太郎が元々劇作家だったのは知らなかった。「演劇」がどういうものかわかってるだけに、その文章には説得力があります。なんというか池波氏も又五郎さんも「歌舞伎」ってものに真摯に向かい合っている。この本に出会えて良かった。

又五郎の春秋 (中公文庫)

又五郎の春秋 (中公文庫)