ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『輝くもの天より墜ち』(ハヤカワSF文庫)

ティプトリーといえば短編・中篇の名手ですが、『輝くもの天より墜ち』は長編。ティプトリーは生涯のうち長編を2作品描いているそうですがそのうちの初翻訳作品。なんでこの作品、今まで訳されてこなかったの?と不思議なほどティプトリー作品のなかではたぶんエンテーテイメント性が一番高くて読みやすい。かなり取っ付きがいい作品だと思う。あっ、SFってこういうものだったんだよなあ、なんて思ってしまう作品です。そういう意味では1985年刊行の作品らしいものでもあります。


「辺境の惑星ダミエムには翼をもつ昆虫型人間が住んでいる。とある悲劇が行われたその惑星を保護するために連邦行政官のコーリーと副行政官のキップ、医師バラムの三人が駐在している。そこへ惑星ダミエムに接近する<殺された星>の観測をしようと観光客がやってくるが、訳有りな人々ばかりで。」


孤島ものミステリの枠組みを使ったSF作品。このミステリの枠組みがかなりうまく取り入れてられています。物語の伏線の収束のさせ方が見事です。とはいえ、本格ミステリ系ではありません。どちらかというとサスペンス系です。そしてその枠組みのなかでSFでしか描けない物語が展開していきます。またクセのあるキャラクターたちがユニークで魅力的。かなりエンターテイメント性の高い物語ではありますがそのなかにティプトリーらしいエッセンスがちりばめられています。生と死、美と醜悪、価値観の逆転、抑圧されたものたち、などなど。そしてそのすべてがあるがままに生きていくこの世の営みとしてあるという、どことなく諦観した世界観。ティプトリー初期・中期の作品の胸の奥がキリキリするような鋭さや陰鬱な重さはないものの、どこか物悲しさが漂う作品でした。


作家の晩年の作品ということを思えば、自身の死への準備、人生の清算のつけ方などを考えながら書いたのかな?なんて思ったりもします。死への覚悟。同時期に描いた『たったひとつの冴えたやり方』でもそれがありました。「若い頃の生き方がすべて」、コーリーの言葉ですがティプトリー・ジュニア自身がそう思っていたのでしょうか。