訃報:五代目中村富十郎

何事においても歯切れの良いキレのある役者でした。
五代目中村富十郎さんが3日に亡くなられた。まだまだご活躍されるだろうと思い込んでいた…ただひたすら惜しい方を亡くしたという思いばかりが募ります。
お体は弱ってはいたがハリのあるお声での朗々たる台詞廻しは最後まで健在だった。私にとって2010年11月の演舞場『ひらかな盛衰記「逆櫓」』での畠山重忠役が最後のお姿になった。見逃さずに拝見できたのは幸せだった。昨年だけでも『車引』時平、『熊谷陣屋』弥陀六、『うかれ坊主』、『ひらかな盛衰記「逆櫓」』重忠と素晴らしい役々を観させていただいた。近頃の演技は体があまり動かせないからこその境地での演技だった。
私は富十郎さんが体が十分に動いた時期も拝見できた。誰にも負けないキレのあるなんとも端正な舞踊を、小さな体を感じさせない大きなオーラを、歯切れの良い明晰な台詞廻しを決して忘れない。当たり役は多く、またどんなお役でも平均以上の取りこぼしの無い稀有な役者であった。また役者としての本質的な部分でどこにも曇りのない陽の役者だった。今後、これほどの役者はなかなか出てこないのではないかと思う。
『双蝶々曲輪日記』の長吉と濡髪、『菅原伝授手習鑑』の源蔵、舞踊では『船弁慶』、雀右衛門さんと踊られた『二人椀久』が一際印象に残る。若い頃は紆余曲折あった方ですが舞台人としてはギリギリまで舞台に立ち続けられ幸せな舞台人生だったかと思います。しかしお子様たちが小さいだけに現世に想いを残しての旅立ちだったであろうことも想像に難くありません。ご冥福をお祈り致します。