歌舞伎俳優・市川染五郎 芸伝える意志と強さ

産経新聞での染五郎へのインタビュー記事です。吉右衛門さんの染ちゃんへの思いも書かれています。良い記事ですね。消えるのがもったいないので引用しましたが染ちゃんの書が載っていますのでファンの人は見にいってみてください。

歌舞伎俳優・市川染五郎 芸伝える意志と強さ
 「五月大歌舞伎」(25日まで、東京・新橋演舞場)の舞台は、市川染五郎初役の「鳴神」で幕を開ける。鳴神上人染五郎)は、朝廷に恨みを抱く高名な僧侶だったが、雲の絶間姫(中村芝雀)の色香に迷い堕落する。明治期に二代目市川左団次が復活した歌舞伎十八番のひとつで、戦後は染五郎の祖父の松本白鸚、その弟の二代目尾上松緑らが当たり役とした。
 「立ち回りのある超人的なキャラクターで、非人間的な力強さにひかれます。子供のころから、紀尾井町のおじさん(松緑)のビデオをいつも見てました。父も、叔父も、おじいさんもやっている縁のある芝居ですけれど、それだけにプレッシャーがある」
 前半は気高く、品のある姿。白塗りの高僧の顔は、この人ならではの美しさだ。それが一変し、後半は憤怒の形相に変わる。弟子を高々と差し上げる荒事の立ち回りなどもあり、染五郎の新しい魅力を見せる。本人の成長はもちろんだが、家の芸を受け継ぐ伝統の力であり、叔父・中村吉右衛門の指導も生きた。
 「この公演を若手への芸の継承の場としたい」という叔父の元に集まった若手の中でも、染五郎の存在は別格だ。「普通の人には(役の)手順と性格だけを教えますが、血がつながっているせいか、もっといろいろと心が動く。いずれは十代目松本幸四郎になる人だから、大きなものが要求される」。娘しかいない吉右衛門には息子同様の思いがあるから、受け止める側の責任も重い。

 来月の歌舞伎座では、2歳になった長男の斎(いつき)くんが初お目見えする。今から28年前、自らが初舞台を踏んだのと同じ「侠客春雨傘」でおじいちゃん(染五郎の父、松本幸四郎)に手を引かれて、花道から登場することになった。
 「父親のエゴで、いまの歌舞伎座の舞台に立たせたいと思いました。踊りの稽古(けいこ)を始めたといっても、ごあいさつくらいです。ぼくは(芝居を)好きだからやってきたが、息子は将来どうなるかわからない。舞台を好きになってくれて、これからずっと楽しく出てもらえるかどうか…」
 長男への期待と不安から、自身の子供時代の思い出、20数年前の記憶がよみがえった。
 「中村屋のおじさん(十七代目中村勘三郎)には『夏祭り』の井戸の中へ、おじいさん(白鸚)には『石切梶原』の石の中に連れて行ってもらった。道具(舞台装置)の中で遊んでました」
 舞台や楽屋は遊び場、楽しい場所だった。そんな経験、記憶が大きな財産になっている。親から、子へ、孫へ。ずっと受け継がれてきた伝統の力を垣間見る思いがした。(文 生田 誠)


【話のおまけに】心を一つに注ぐ大切さ
 高校生のころの試験でこの四字熟語に出合い、「ピンと心に残った」という。意味は「他に心を向けず、その事のみに心を用いること」(広辞苑)。俳優という職業なら、舞台の上で一心に役を務め、芸に励むことだろう。それからはこの言葉の実践を心がけ、色紙にもしたためている。少し丸みを帯びた味わい深い字を丁寧に書いてくれた。
 書といえば、先祖に当たる高麗屋播磨屋の代々には俳句や書画をたしなみ、諸芸に秀でた役者が数多い。「播磨屋のひいおじいさん(初代吉右衛門、母方の曾祖父)は柔らかい字、七代目幸四郎のひいおじいさん(父方の曾祖父)は達筆で正反対でした」
 「書(字)は人をあらわす」というが、それは名優の芸風にも通じる。ここにも芸の継承のおもしろさがある。



市川染五郎(いちかわ・そめごろう)昭和48年、東京都生まれ。父は松本幸四郎、叔父は中村吉右衛門。妹は女優の松たか子。54年、三代目松本金太郎で初舞台を踏み、56年に七代目市川染五郎を襲名した。歌舞伎の舞台以外でも、劇団☆新感線との舞台「アテルイ」、宮沢りえとの映画「阿修羅城の瞳」などで活躍。今月の舞台では「鳴神」のほか、「法界坊」の野分姫などを務める。


【記者のひとりごと】
 今から13年前、初めて歌舞伎俳優にインタビューした相手がこの人だった。初芝居(歌舞伎座)を前に新しい年(平成7年)の抱負を聞いたことを記憶している。
 明けて正月の舞台で、染五郎幸四郎と「連獅子」を踊った。親と子の獅子が力強さを競い合う雄壮な舞踊で、目を奪われたのは美しいふたつの獅子の動きであり、しかも肉体の柔らかさ、しなやかさが異なる形で表現されていることだった。
 親子の共演は古典芸能の世界では珍しくはない。だが、このときの「連獅子」ほど息がそろい、かつ差が見事だった舞台に接したことはない。当時、染五郎は21歳。一般には大学を卒業し、社会へ出る直前の年齢だ。
 以来、歌舞伎の芸と継承について尋ねてみたいと思っていたが、息子・斎くんの初お目見えの舞台を前にして、いろいろと話が聞けた。今度は、2人が親子の獅子となって踊るときにもう一度、取材できればと思う。

(2007/05/12 12:32)